Existence 6 of Spelt with Camera

Existence:営み

1万年前の縄文期以来、営々と受け継がれてきた人々の暮らし。
人は誰かの世話にならずに生きる事は出来ない。まず、生まれる事も出来なかった。 
この世界のすべてが相互関連の中で成り立っている。

高千穂 / 宮崎

高千穂にはおよそ30年前に訪れて以来である。
当時3歳だった長女は、今年4歳と1歳半の2児の母になっている。
途中、車酔いで休んだ山中では栗の実を拾った。
彼女は私たちと一緒に、旅行者向け夜神楽を恐がりもせず、しかも興味深く見守ったのだった。
遠い昔のようでもあり、つい昨日のようでもある。

高千穂は神話の里。国造りの物語が今でも生きている。
世界の始まりに高天原があった。そこに7組12柱の神々が生まれ、その後、伊邪那岐(イザナギ)伊邪那美(イザナミ)の2神が生まれ、2人は地上世界を創るよう命じられた。そして創られた島々が大八島、つまり現在の日本である、と言う。

高千穂峡/高千穂高千穂峡/高千穂


天岩戸神社は天岩屋の対岸にある。
間を岩戸川が流れていて、そこから徒歩で14、5分の上流に天安河原宮はあった。
天安河原は、天照大神を岩屋からどのようにして引っ張り出すか、八百萬神々が集い会議した場所である。
それに因んで祀神は八百萬神々。石を積んで願い事をするとどんな願い事でも叶うとされている。

無数に積まれたケルン状の積み石は、まるで賽の河原を思わせ、現世の欲望の多さ、苦悩の深さを語っているようだ。 
とは言え、石さえあれば私も積みたい衝動に駆られ探してみたが、あたりには適当な小石はない。
新しい積み石もあるが、これらは他人の積み石を拝借して積み上げたのだろうか。

いや。
既に望みが叶い、役目を果たした積み石から再利用されていく仕組みになっているのだ、と思うことにした。
だとすれば、早く崩れ他人に拾って貰える積み方をすれば、より早く願いが叶うと言うことになる。


河床に 欲望こそが 八百萬河床に 欲望こそが 八百萬

高千穂町 / 宮崎県

高千穂町は宮崎県最北部に属しているが、北は大分県、西は熊本県に接する九州のほぼ中央に位置した山村である。町の中心産業は林業であるが、標高は約300メートル以上で夏・冬の気温差が大きく、四季の変化に富み、神話の里として観光収入も大きな財源となっている。
以前は延岡市から五ヶ瀬川沿いに高千穂鉄道が通っていたが、2005年の台風による被害が大きく、運行休止され、幾度か再開の計画も挙がったが2009年現在開通していない。
交通手段は車しか無く、熊本経由か延岡経由となる。

人口:14,338人(2009。07.01現在)
面積:237.32km²
上水道:湧水を利用。水源は第1水源(玉垂の滝)、第2水源(湧清水)の2ヶ所
町の鳥:ホオジロ(これは福岡と同じである)



Existence7:営み 仕事

仕事

aDSC_0122spelt.jpg山形県
山形県は西を日本海に酒田で接し、北に秋田、東に宮城、南を福島、南西に新潟と接していて、ほとんどが山岳(75%)で構成される山国である。

Existence6:営み 神話

神話

DSC_0086a.jpg高千穂
高千穂にはおよそ30年前に訪れて以来である。
当時3歳だった長女は、今年4歳と1歳半の2児の母になっている。
途中、車酔いで休んだ山中では栗の実を拾った。
彼女は私たちと一緒に、旅行者向け夜神楽を恐がりもせず、しかも興味深く見守ったのだった。

Existence5:営み 戦

Mikasa.jpg104年前 戦があった
去る104年前の5月末、博多の北方海上にて国家の存亡を賭けた戦闘がなされた。
この戦いに敗れれば、日本はロシアの属領になる恐れが濃厚であった。
日本海海戦である。

Existence4:営み 春

さくら通り.jpg春の風景
今年の春は桜の開花が早かった。
裏通りの桜並木も早々と満開になってしまい、入学式には間に合いそうもない気配だった。

Existence3:営み およそ冬

およそ冬

DSC_0043.jpg冬の風景
小樽は函館に次いで古くから開かれた港町である。
明治・大正と樺太や欧米航路として、又ニシン漁の基地として栄えた。
現在でも当時のルネッサンス様式の建物が数多く残されており、オルゴールや吹きガラスの工房が多く、整備された運河と相まってレトロな街となっている。

Existence2:営み 晩秋

晩秋

DSC_0167.JPG晩秋の風景
函館の晩秋は寒い。
ここは室町時代から開かれた街で、当初箱館と呼ばれていたようである。函館港は天然の良港で、安政6年(1859年)日米通商友好条約により、横浜・長崎と共に日本で最初の貿易港となった。

Existence1:営み 秋

IMGP0020.JPG秋の風景
盛岡市内の西側を流れる北上川と、南東側を流れる中津川を天然の外堀として南部信直により築城された盛岡城は別名「不来方城(こずかたじょう)」と呼ばれている。
白い石垣は見事な花崗岩で、土塁を中心とした東北地方の城郭の中では珍しい存在であるらしい。
現在の盛岡城址には(愛称「盛岡城跡公園」)この城をこよなく愛した当地出身の宮沢賢治の詩碑や、石川啄木の歌碑などが点在する。