Existence 4 of Spelt with Camera

Existence:営み

1万年前の縄文期以来、営々と受け継がれてきた人々の暮らし。
人は誰かの世話にならずに生きる事は出来ない。まず、生まれる事も出来なかった。 
この世界のすべてが相互関連の中で成り立っている。

さくら通り.jpg

入学式 Entrance ceremony

今年の春は桜の開花が早かった。裏通りの桜並木も早々と満開になってしまい、入学式には間に合いそうもない気配だった。しかし、よくしたもので開花した後寒気が入り込みお陰で花も長持ちしていた。満開の桜の下、保育園、幼稚園、小学校、中学校各々の入学式が行われた。桜の季節に始まる新しい生活。

マンション群を突き抜けて桜並木が4、500m通っている。「さくらどおり」という命名。我が家の孫達もここを通ってかよう事になった。


家内の実家の菩提寺に墓参りをした。帰りに少し遠回りして雲仙に立ち寄った。
雲仙の仁田峠は九州でも春は遅く、冬が長い。
5月に入って新芽より少し先に花が咲き始めるミツバツツジ。
急峻な岩肌に、ヒカゲツツジ、ミヤマキリシマ、ヤマツツジなどが群落をなす様子は雲仙特有の風景である。

まだ青い ツツジの壁を 仰ぎ見るまだ青い ツツジの壁を 仰ぎ見る

仁田峠 / 雲仙 長崎県

仁田峠は雲仙温泉の東にあり、北の妙見岳と南の野岳の鞍部にあたる。春はツツジ、秋は紅葉、冬は霧氷の名所として有名である。
峠へは有料の仁田峠循環道路を通って登る。平成2年に突然噴火した普賢岳の荒々しい山容も間近に眺められる。
噴火沈静後出来た溶岩ドームを平成新山と呼んでいる。
峠は標高1000mを越え、これから来る夏も涼しい。
雲仙は雲仙岳とも呼ばれ、1990以降の噴火で最高峰となった平成新山、及び普賢岳、妙見岳、国見岳、野岳、九千部岳などの総称である。

  • 平成新山 :標高1483m
  • 普賢岳 :標高1359m
  • 国見岳 :標高1347m
  • 妙見岳 :標高1333m
  • 野岳 :標高1142m
  • 仁田峠 :標高1078m



Existence7:営み 仕事

仕事

aDSC_0122spelt.jpg山形県
山形県は西を日本海に酒田で接し、北に秋田、東に宮城、南を福島、南西に新潟と接していて、ほとんどが山岳(75%)で構成される山国である。

Existence6:営み 神話

神話

DSC_0086a.jpg高千穂
高千穂にはおよそ30年前に訪れて以来である。
当時3歳だった長女は、今年4歳と1歳半の2児の母になっている。
途中、車酔いで休んだ山中では栗の実を拾った。
彼女は私たちと一緒に、旅行者向け夜神楽を恐がりもせず、しかも興味深く見守ったのだった。

Existence5:営み 戦

Mikasa.jpg104年前 戦があった
去る104年前の5月末、博多の北方海上にて国家の存亡を賭けた戦闘がなされた。
この戦いに敗れれば、日本はロシアの属領になる恐れが濃厚であった。
日本海海戦である。

Existence4:営み 春

さくら通り.jpg春の風景
今年の春は桜の開花が早かった。
裏通りの桜並木も早々と満開になってしまい、入学式には間に合いそうもない気配だった。

Existence3:営み およそ冬

およそ冬

DSC_0043.jpg冬の風景
小樽は函館に次いで古くから開かれた港町である。
明治・大正と樺太や欧米航路として、又ニシン漁の基地として栄えた。
現在でも当時のルネッサンス様式の建物が数多く残されており、オルゴールや吹きガラスの工房が多く、整備された運河と相まってレトロな街となっている。

Existence2:営み 晩秋

晩秋

DSC_0167.JPG晩秋の風景
函館の晩秋は寒い。
ここは室町時代から開かれた街で、当初箱館と呼ばれていたようである。函館港は天然の良港で、安政6年(1859年)日米通商友好条約により、横浜・長崎と共に日本で最初の貿易港となった。

Existence1:営み 秋

IMGP0020.JPG秋の風景
盛岡市内の西側を流れる北上川と、南東側を流れる中津川を天然の外堀として南部信直により築城された盛岡城は別名「不来方城(こずかたじょう)」と呼ばれている。
白い石垣は見事な花崗岩で、土塁を中心とした東北地方の城郭の中では珍しい存在であるらしい。
現在の盛岡城址には(愛称「盛岡城跡公園」)この城をこよなく愛した当地出身の宮沢賢治の詩碑や、石川啄木の歌碑などが点在する。