Existence 1 of Spelt with Camera

Existence:営み

1万年前の縄文期以来、営々と受け継がれてきた人々の暮らし。
人は誰かの世話にならずに生きる事は出来ない。まず、生まれる事も出来なかった。 
この世界のすべてが相互関連の中で成り立っている。


50歳になると、人はそろそろある種の子供っぽい愚行をしたり、名声や信用を得ようとしたりする事をやめる。 そして自分の人生を冷静に回顧し始める。 彼は待つ事を学ぶ。彼は沈黙する事を学ぶ。 彼は耳を傾ける事を学ぶ。 そしてこれらの良き賜物を、いくつかの身体的欠陥や衰弱という犠牲を払って得なくてはならないにしても、彼はこの買い物を利益と見なすべきである。 (Hermann Hesse)

先日、初めて社会人になった頃の同僚後輩と酒宴を持った。 以前なら誰にも喋らせない悪い癖があった。 しかし、還暦間近になって、酒が飲めなくなった事、自分はけして利口ではない事。 この二つの自覚は、待ち、沈黙し、そして聞き役に回るのに有効であった。 ヘッセは50歳と言ったが、それから遅れる事10年。 
しかも、未だに利益とは思えないのである。


連れだって 行く手に今日の 秋日向連れだって 行く手に今日の 秋日向

盛岡/ 盛岡城址公園

盛岡市内の西側を流れる北上川と、南東側を流れる中津川を天然の外堀として南部信直により築城された盛岡城は別名「不来方城(こずかたじょう)」と呼ばれている。 白い石垣は見事な花崗岩で、土塁を中心とした東北地方の城郭の中では珍しい存在であるらしい。 現在の盛岡城址には(愛称「盛岡城跡公園」)この城をこよなく愛した当地出身の宮沢賢治の詩碑や、石川啄木の歌碑などが点在する。
訪れたこの日は非常に良い天気で、木漏れ日の中を老夫婦がゆっくりと歩いていた。 買い物の帰りに遠回りしている風情で、男性は半歩遅れている。 彼らのこれまでの道程はどのようなモノであったのか。
少し目で追っていたがすぐ先から道は直角に曲がっており、二人とも視界から消えていってしまった。 
後には白く輝く日溜まりが残っていた。

暮れ落ちて 灯火(ともしび)だけで 豊かなり暮れ落ちて 灯火(ともしび)だけで 豊かなり

北海道/ HOTEL NIDOM

人造のトムトム湖周辺に配置された各棟は、十分な距離をもたせてあるため非常に静かで落ち着いた環境である。 晩秋の夕暮れは暗くなるのが早く、気温も急に下がってくる。 寒い戸外から眺める窓の明かりは、それだけで室内には暖かな幸せが待っていると予感させてくれる。

少しずつ 形かわれど 秋日向少しずつ 形かわれど 秋日向

長崎/ 陶郷 中尾山

陶郷は羽振りの良さそうな家、寂れ誰も住まっていないような家、様々な表情があった。 一軒の瓦屋根が目にとまった。 その一枚一枚に、経年変化が異なる色合いと微妙な変形を与え、元々あった個性を際だたせていた。 そして、全体として調和の取れた美しさを見せている。

Existence7:営み 仕事

仕事

aDSC_0122spelt.jpg山形県
山形県は西を日本海に酒田で接し、北に秋田、東に宮城、南を福島、南西に新潟と接していて、ほとんどが山岳(75%)で構成される山国である。

Existence6:営み 神話

神話

DSC_0086a.jpg高千穂
高千穂にはおよそ30年前に訪れて以来である。
当時3歳だった長女は、今年4歳と1歳半の2児の母になっている。
途中、車酔いで休んだ山中では栗の実を拾った。
彼女は私たちと一緒に、旅行者向け夜神楽を恐がりもせず、しかも興味深く見守ったのだった。

Existence5:営み 戦

Mikasa.jpg104年前 戦があった
去る104年前の5月末、博多の北方海上にて国家の存亡を賭けた戦闘がなされた。
この戦いに敗れれば、日本はロシアの属領になる恐れが濃厚であった。
日本海海戦である。

Existence4:営み 春

さくら通り.jpg春の風景
今年の春は桜の開花が早かった。
裏通りの桜並木も早々と満開になってしまい、入学式には間に合いそうもない気配だった。

Existence3:営み およそ冬

およそ冬

DSC_0043.jpg冬の風景
小樽は函館に次いで古くから開かれた港町である。
明治・大正と樺太や欧米航路として、又ニシン漁の基地として栄えた。
現在でも当時のルネッサンス様式の建物が数多く残されており、オルゴールや吹きガラスの工房が多く、整備された運河と相まってレトロな街となっている。

Existence2:営み 晩秋

晩秋

DSC_0167.JPG晩秋の風景
函館の晩秋は寒い。
ここは室町時代から開かれた街で、当初箱館と呼ばれていたようである。函館港は天然の良港で、安政6年(1859年)日米通商友好条約により、横浜・長崎と共に日本で最初の貿易港となった。

Existence1:営み 秋

IMGP0020.JPG秋の風景
盛岡市内の西側を流れる北上川と、南東側を流れる中津川を天然の外堀として南部信直により築城された盛岡城は別名「不来方城(こずかたじょう)」と呼ばれている。
白い石垣は見事な花崗岩で、土塁を中心とした東北地方の城郭の中では珍しい存在であるらしい。
現在の盛岡城址には(愛称「盛岡城跡公園」)この城をこよなく愛した当地出身の宮沢賢治の詩碑や、石川啄木の歌碑などが点在する。