およそ天地は万物の逆旅にして 光陰は百代の過客なり
夫 天地者萬物之逆旅 光陰者百代之過客 (李白/春夜宴従弟桃花園序)
尊敬する湯川秀樹博士は、私の生まれた年にノーベル物理学賞を受賞した。 敗戦後の暗い世相に射す一条の光であったと言う。
博士は幼少の頃祖父から四書五経の素読を強要されたらしい。 長ずるに従って諳んじていた李白の詩に、理論物理学の神髄を読みとった湯川博士。「奥の細道」に於いて 「月日は百代の過客にして 行きかふ年もまた旅人なり」と詠み、旅に出た俳聖、松尾芭蕉。 異なる時代に生まれ、全く異なる背景を持った二人は、この同一の詩編から全く異なる啓示を受けているのだ。
李白の詩は以下こう続く。
「しこうして浮生は夢の若し、歓びを為すこと幾何ぞ。 古人は燭をとりて夜遊ぶ、まことにゆえ有るなり。 いわんや陽春の我を召くに煙景を以てし、大塊の我に假すに文章を以てするをや。 桃花の芳園に会し、天倫の楽事を序す。 群季は俊秀にして、皆な惠連たり、吾人は詠歌すれど、獨り康楽に慚ず。 幽賞いまだ已まず、高談うたた清し。 瓊筵(けいえん)を開きて以て花に坐し、羽觴を飛ばして月に酔ふ。 佳詠有らずんば、何ぞ雅懐を伸べんや。 もし詩成らずんば、罰は金谷の酒斗の数に依らん。」
さて自然が見せてくれる姿はいかなる様に見えるだろうか。